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大阪高等裁判所 昭和35年(ラ)118号 決定 1960年7月07日

抗告人 堤幸三郎

相手方 阪神産業株式会社

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりである。

抗告理由第一点乃至第五点は要するに、任意競売は強制競売と異り債務名義がないのであるから、不動産引渡命令に対する。不服申立の手段として、異議又は即時抗告をなすことを認める以上実体的理由を主張することは許されねばならないとして、本件競売申立の基本たる抵当権の設定契約が偽造文書によりなされたため無効であるから競落人である相手方も本件建物の引渡を受ける実質的権利を有しないことを主張するものである。

しかしながら、本件競売事件記録によると競売申立の日は昭和三四年九月二八日であり、又競売開始決定の日付は同年一〇月一三日、競落許可決定のあつた日が同年一二月二五日で、いずれも異議乃至即時抗告の申立なく確定し、昭和三五年一月七日競落人である相手方から代金の納入をなし、同月一一日債務者である抗告人に対し不動産引渡命令が発せられ、同月二一日配当期日を同月二九日午前一〇時と指定された後である同月二五日に至つて始めて抗告人から抵当権の不存在の主張が右引渡命令に対する異議の形式でなされたこと明である。併し、競落許可決定が確定し、代金が納入された以上之により不動産所有権は一応競落人に移転したというほかはないのであつて、引渡命令に対する異議若くは抗告の手続においては、例えば競落許可決定の未確定或は競落代金の未納、若くは引渡命令の相手方の範囲など、引渡命令そのものに何等かの瑕疵のあることを理由とする場合に限定されるものと解するのが相当であつて、抵当権の不存在のごとき実体的理由をこの手続において主張することは許すべきでない。又引渡命令に対しいわゆる請求に関する異議の訴を提起することを認めるか否かに付ても、学説が分れているが、当裁判所は、引渡命令を以て単なる強制執行の方法、或は競売終了の方法ではなく、不動産競売に付随して発せられる債務名義であり、従つて之に対し請求に関する異議の訴を許すべきものと解する。併し之に付ても公正証書に関する民事訴訟法第五六二条第三項のような明文がない以上同法第五六〇条により準用される同法第五四五条第二項の制限を受ける結果として、右請求に関する異議に付ては同命令成立後に生じた事由のみを主張し得るものと解すべきである。要するに、抗告人としては、遅くとも競落代金が納入される以前に抵当権不存在確認の訴を提起すると共に、競売手続停止の仮処分を求めるのが相当であつたもので、この仮処分を求めなかつた為競売手続が進行した上引渡命令まで発せられたのであるから、現在抗告人は別に競売申立人中川優及び競落人たる相手方を被告として債務不存在確認及び所有権移転登記抹消等請求の本訴を提起している模様であるが将来この訴訟において勝訴して根本的な解決を受け得られる場合のあることは別問題として、引渡命令の手続において抵当権の不存在を主張することは許されぬものと解するほかはない。従つて以上の解釈が抗告理由第四点の言うごとく、いかなる場合にも民事訴訟法第五四四条の異議及び抗告を許さぬものでないことは、勿論であり、又任意競売の場合においては強制競売の場合よりも債務者を厚く保護する必要があるとの抗告理由第五点も採用できない。

次に抗告理由第六点は憲法違反を主張する。確かに本件引渡命令の執行により抗告人の一家が大きな打撃を受けることはもとより推察に難くないのであるが、抗告人がこの結果を防止するだけの適切な法律上の措置をとり得なかつたことをすべて裁判所職員又は関係業者の責任に帰し、執行を免れる理由とすることはできない。又かような結果の生ずることから、直ちに、以上の解釈が国民の人権の保障を旨とする憲法の各条項に違反する無効の裁判であると解すべきでないことも多言を要しないところである。

以上の次第であつて、抗告人の主張はいずれも失当であり記録に徴するも、原決定には他に何等違法の点がないので、本件抗告は理由がないものとして、之を棄却すべきものとし、民事訴訟法第四一四条第三八四条第八九条を適用し主文のとおり決定する。

(裁判官 加納実 沢井種雄 千葉実二)

抗告の趣旨

原決定を取消す。

神戸地方裁判所尼崎支部が同庁昭和三四年(ケ)第七一号競売事件の昭和三五年一月一一日附同庁執行吏小林敏雄に対する別紙目録不動産に対する抗告人の占有を解き之を相手方に引渡すべきことを命じた不動産引渡命令の執行は之を許さぬ。

との御裁判を求める。

抗告の理由

一、本件民訴第五四四条の異議申立の要旨は、別紙目録不動産は抗告人の占有であつたところ、訴外清家照男が文書を偽造行使して設定登記をした無効の抵当権に基く競売により相手方が競落したものであり、相手方が本件建物の引渡を受ける実質的権利なきものであると言うものであつた。

二、これに対し原決定はその理由において、

「本件申立の如く、任意競売の基本たる担保物件が存在せず、競落人が競落不動産の所有権を取得しえないことを理由とする主張は、競売手続開始決定に対する異議ないし、競落許可決定に対する即時抗告においてなすべく、すでに競落許可決定が確定し、競落人が競落代金の支払を完済した後の引渡命令に対する民訴第五四四条の異議において之を主張することは許されないと解するから、本件異議の申立はその主張自体に照し訴訟法上許されないものと言うべきである。」

と言い本件異議申立を却下した。

三、しかし、不動産引渡命令は競落許可決定が確定し、代金の支払を完済した後発せられるのが通常であり、又かゝる状態に至つてから、その競売開始決定が取消されることがあつても、競落の形式的効力は何等影響なしとすることも判例である。即ち原決定は本件の如くすでに不動産引渡命令が発せられた後においては、不服申立の方法なしと言うに帰するのではないか。不動産引渡命令に対する不服申立の手段として、民訴第五四四条の異議又は同第五五八条の即時抗告を認めること(そのいずれによるかは別として)学説判例上争がない。又右の如き異議又は抗告に実体的理由を主張し得るとすることも、任意競売が強制競売と異り、債務名義を有しない点より判例上認められている点である。この点を看過した原決定は法律の解釈を誤つた違法がある。よつて本件即時抗告を申立てる次第であります。

四、原決定は「任意競売における抵当権不存在を理由とする引渡命令に対する異議は、競落人が代金を完済した後の引渡命令に対する民訴第五四四条の異議においてこれを主張することは訴訟法上許されない」とするが、不動産引渡命令は競落人が競落代金完納後に発せられるものであるから原決定は結局任意競売に伴う不動産引渡命令に対しては、いかなる場合にも民訴第五四四条の異議は許されないと言うことになるのではないか、それでは「任意競売における不動産引渡命令に対し不服あるときは民訴第五四四条の異議申立によるべきである」とする大正一〇年九月一九日大審院判例に反する。

五、前記原決定が不動産引渡命令に対する民訴第五四四条の異議は形式的理由によるべく、実体的理由によつては、これを許さないとするのであればそれは法の誤解である。債務名義のある強制競売の場合においてこそ異議理由を形式的理由に限局する意味があるが、債務名義なき任意競売の場合にかゝる制限を加える理由はなく「任意競売開始決定に対する異議においては、手続上の理由及実体的理由を主張することができる」とする大正二年六月一三日大審院判例の趣旨に反するものである。即ち任意競売の場合においては強制競売の場合よりも債務者は厚く保護される理由がある。

六、憲法違反 本件は文書偽造による抵当権設定登記のある場合で、行為者等の自白がある外抵当権者もその情を知つていたと言う特殊の場合である(その疏明又は立証も十分なのである)。抵当権が無効不存在の場合には競落人が代金を完納し所有権移転登記を経了するも、競落人は何等の権利を取得せず、原権利者はその所有権を失わないものであることは今日学説判例上異論のないところである。而して相手方は競買を業とする会社であるが、抗告人(所有者)一家は農業を営み法的知識なく、他に財産、住居、生活の途はなく、引渡命令が執行されて了うとその日から一家八人が路頭に迷い、その生業である農事にも従うことができなくなりかくては将来家屋を取戻すことができるとするも、その損害は計り難く、苛酷悲惨な結果は救い難いものがある。(尚抗告人等は競売開始決定或は競落決定等に対し抛任していたのではない。ほとんど毎日の如く裁判所等に出頭して種々懇願したり、方法手続を尋ねていたが、裁判所職員の不親切不当の指示、関係業者の欺瞞により、いつも手続を誤り、時期を失して来たのである)右の如き場合に、不動産引渡命令が一度発せられた以上その執行停止の方法はなきものとし、本件異議を「訴訟法上許されない」と言う原決定は手続法の枝葉にとらわれて、真の権利者の所有権を侵害しその一家の静溢な生活を破壊し去るも已むなしとするものであつて、国民の人権の保障を旨とする憲法の各条規に違反した無効の裁判であると信ずる。

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